大阪地方裁判所 昭和42年(タ)181号 判決 1968年3月30日
原告 大野ミチヱこと 金ミチヱ
被告 大野三郎こと、金築岩こと 金築厳
主文
原告と被告との間の昭和二四年一〇月一三日届出にかかる婚姻を取消す。
原告の主位的請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一、当事者の求める裁判
(一) 原告
(1)主位的に、「原告と被告との間の婚姻は無効であることを確認する。」
(2)予備的に、「原告と被告との間の婚姻を取消す。」
(二) 被告
「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」
二、当事者の主張・答弁
(一) 原告の請求原因
(1) 原告はもと本籍を秋田県北秋田郡花岡町字堂屋敷一〇〇番地とする日本人であつたが、昭和二四年一〇月一三日、当時本籍を朝鮮全羅南道麗水郡麗水邑東町八六六番地(但し現在本国である大韓民国における本籍は全羅南道羅州郡羅州邑果院洞一二一番地)とする被告と婚姻届出を了して夫婦となり、その間に金鍾鎬こと大野鍾鎬をもうけた。
(2) ところが、被告は原告と婚姻する以前である昭和一五年(西暦一九四〇年)七月五日朴徳実との婚姻届出を了しており、前記原告との婚姻届出当時なおその婚姻は継続中であつた。
(3) よつて、原告と被告との婚姻は重婚にあたり、無効というべく、かりに無効でないとしても、取消さるべきものであるから、原告は主位的に右婚姻の無効確認を求め、予備的に右婚姻の取消しを求める。
(二) 被告の認否
原告主張の請求原因(1) の事実を認める。
三、証拠関係<省略>
理由
一、公文書であつて、成立の真正を認める前掲甲各号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告の請求原因(1) 及び(2) の事実を認めることができ、この認定を動かす資料はない。
二、ところで、本件につき準拠すべき法令は、法例一三条一項に則り、原被告の婚姻当時における各自の本国法と解すべきところ、当時は共に日本国民であつたから(平和条約発効時までは本文の如く解する)、原告についてはもとより、被告についても、日本民法を以てその準拠本国法とすべきものの如くである。しかし、被告についてのみは、被告が当時朝鮮に本籍を有するいわゆる朝鮮人であつた関係上、婚姻に関しては共通法により日本民法ではなく朝鮮民事令がその本国法とされていることが知られる。而して、終戦後朝鮮が日本国から分離独立し、被告の如き朝鮮人は平和条約により日本国籍を離脱して独立朝鮮の国籍を取得したこと、前記被告の本籍地域において朝鮮人を支配している大韓民国は、原則として婚姻に関しては朝鮮民事令をひきついだ上、昭和三五年一月一日から大韓民国民法(以下、単に韓国民法という)を以てこれに代らせて妥当させ、現在に至つていることなどから、本件における被告の場合――国籍変動による本国法の変動があつたとするのは適当でなく――その本国法としての一貫性を韓国民法にみることができるというべく、結局被告の本件に関する準拠本国法は、日本民法ではなくて韓国民法と解せられる(なお本件の場合、被告のため朝鮮民主主義人民共和国の法令の適用を考慮すべき資料は見出せなかつた)。ところで、右韓国民法によれば、前記認定にかかる事実は、重婚に該当し、現にその重婚関係は原被告間に継続しているから、原被告間の前記婚姻は取消されるべき筋合であつて、無効となるものではなく(韓国民法附則一八条一項、同民法八一六条及び八一〇条。ちなみに、前掲甲第一号証の一・二及び乙第一号証によれば、前記朴徳実は昭和三五年四月一日に死亡していることが認められるが、右死亡によつて直ちに、原被告間の重婚関係が取消し得なくなるものではないと解する)、この理は、右婚姻当時朝鮮における慣習上(朝鮮民事令は、婚姻の実質的成立要件に関しては婚姻年令以外慣習にゆだねていた)、重婚が無効とされていた(大正一二年一二月三日民事第四四四三号民事局長回答参照)か否かにかかわらない。蓋し、実体的に重婚が無効であるとしても、重婚という関係は、現在原被告間において法律的に処理されずに終つているのであるから、本件は韓国民法附則二条但書の場合に該当するものではなく、同条本文、同附則一八条一項によつて処理されるべきであるからである。
他方、原告については、日本民法を準拠本国法とすべきこと前示のとおりであり、これによれば、原被告間の婚姻が重婚に該当し、取消し得べきものにとどまることは明らかである。
従つて、本件の婚姻は、原被告それぞれの本国法によつて、いずれも取消され得るが、無効となるものではないと論断し得る。
三、よつて、原告の本件婚姻が無効であることの確認を求める主位的請求は失当として棄却するが、本件婚姻の取消しを求める予備的請求は正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高野耕一 杉山伸顕 吉田昭)